2DCGプラネットスタジオ デザインチームのオオタニです。
WBCにて大活躍だったメジャーリーガーのオオタニさんと同じオオタニです。
デザインチームに所属しております。
今回「クリークに入社するまでとその後の体験談シリーズ」の執筆どうですか?とのお伺いをいただきまして、厚かましくありますが筆をとらせていただくことになりました。
ではさっそく語らせていただきます。
目次
2DCGの世界でゲームUIデザイナーになったきっかけ
創作の原点
3歳の頃、父と一緒に描いた自動車の画、これが一番古い創作で、楽しい、嬉しい記憶です。
それがあってのことかよく画を描くようになり、小学生の頃、絵の具の使い方を褒められたりするようになったり……
気が付くと、美術の成績と、ついでなのか体育の成績が際立って伸びていきました。
1995年11月22日という特別な日…それはずばり「トイ・ストーリー」が世に躍り出た日。
その日受けた衝撃は筆舌に尽くしがたく、言わば私のクリエイターとして生きていくという自我の誕生日とも言えます。
それまで明確に何かをやりたい、と思ったことがなかったのですが、突如として「映像を創る」という目標が現れました。
理系の成績は決してよくなく、学校の先生には心配もされましたが応援いただき、専門学校へ入学。
3DCG
クリエイターとして
キャラクター・背景制作を経験
なりゆきでweb制作の会社へ就職をしましたが、どうもしっくりこない……
それもそのはず、僕が目覚めた日、1995年11月22日、その日に見たトイ・ストーリーを思い出しました。
あらためて3DCG制作を求めて必死で転職活動をし、運よく大手ゲーム会社に拾ってもらえることになりました。
3Dキャラ、背景制作を日々追われるようにこなし、映像制作の機会にも恵まれました。
そんな日々を過ごすなか、僕のなかにまたもや変化が……
「そうだニューヨークへ行こう」
もともとウォールアート、色使いなど本場で見てみたいという願望があり、またNBAも好きだったり、ブルックリンなどにも興味あったり、とにかく「行きたい」という気持ちを後押しする理由がいくらでも沸いてくるような状態でした。
まずは会社勤めでは難しい、会社を去ることに。
お台場の美術展で英語圏外国のスタッフと一緒にできるポジションの求人があったので、応募してみると合格!
その現場とスタッフの伝手で、ニューヨークへ!
今思えば勢いだけで行動しちゃっていました(若かったな)。23歳の頃でした。
帰国後、古巣の大手開発会社へ連絡してみると、戻っておいでよ、とコールをされました。
デザイナーとプランナーのアシスト業務で復職?させていただくことに。
様々なポジションを経験させていただくも、だんたんと気持ちが会社から大きく離れていっていることに気づき、気が付いたら退職していました…
実家に戻り何をすることもなくフラフラとする日々。
とはいえ食べるために何かしなければ、今までの仕事とはまったく関係ない職種がいいな、と実家から仕事を探すことに。
「倉庫業務:冷蔵倉庫でチーズをピッキング」
今までとまったく違う環境で、全てを忘れるかのごとくがむしゃらに働きました。
夜中2時までやって朝8時始業なんてザラで、工場内で夜を明かしたこともありました。
どうしたら効率よくチーズを運べるか、フォークリフトの最短距離と運搬量、積み方……
そんな日々をすごしていると、僕のいた工場の稼働効率が異常なほど成績がよくなってしまっていました。
フォークリフトの世界競技大会があれば、かなり上位に食い込めるのでは?などと思っていましたね。
フォークリフトの才能に目覚めるも…

物流の運用コンサル会社にその才能を見出され、物流コンサル会社へ就職することに。
人生、本当に何が起こるかわからないものです。
そこで段取りや効率、現場指揮などを深く学ばせてもらいました。
今にしてみると、物流コンサルのマル秘テクニックなどを惜しみなく教えていただけたような気がします。
フォークリフトも変わらず乗りまわしまくっていましたが、これが多分いけなかったのでしょう、ヘルニアを発症してしまいました。
歩けなくなるほどのダメージを身体に負うと、連れて心もダメージをうけてしまい、お世話になった物流コンサル業界から去ることになりました。
原点回帰で「ゲームUIデザイナー」に
まずは体を実家休め、治療と回復につとめて
2カ月後完治し、実家に近いアプリ制作会社へなんとか就職し、スマホアプリの運営を中心にチームビルドなども経験しました。
運営業務は大変だ、と聞いてはいたものの想像をはるかに上回る激務でした。
気が付くとあっという間に6年間が過ぎていました。
そして皮肉なことに「新しい環境でチャレンジしてみたい」気持ちが日に日に強くなってきました。
この気持ちどうしようかな、大丈夫かな、と思っていたところに、同僚や部下に
「オオタニさんは外で活躍すべきですよ」
と言ってもらい、何度目かの一念発起をし知り合いのツテで、ここ2DCGプラネットスタジオへたどり着いたのです。
面談時、スタジオの人達にも「オオタニさんならきっと活躍できますよ」と仰っていただき、前職の同僚の言葉とつながり、心が震える思いでした。
こうして僕の魂は、今ここにあるのです。
2DCGプラネットスタジオとの出会い
スタジオ勤務もだいぶ経験を積ませていただきましたが、スタジオの特徴を一言で言えば
「広い」
だと思います。
まず仕事の内容がとにかく広い。開発、印刷、アート性のあるデザインなどさまざまな業務に携われます(さすがにフォークリフト運転はありませんです)。
そして働き方の幅も、これまた広く、リモート勤務、客先常駐、育児のための時短勤務など、様々な形で業務に携わることができます。
幅広く多種の経験をしてきた私ですが、世界というものはこれほどまでに広いものだったのか、とあらためて思ったりします。
最後に・・・
最後になりますが、お世話になりっぱなしのこの業界に漠然ではありますが
「業界に恩返しができる人になれるくらい成長し続ける」…のが、個人的な野望です(笑)
UnrealEngineのノウハウ記事を連載中!
物流コンサルからUIデザイナーへ…異色のキャリア経歴を持つオオタニさんは、現在CGWORLDでUnrealEngineのノウハウ記事を連載中です
こちらもぜひご注目ください!
https://cgworld.jp/regular/202604-ueui-01.html







